映画『火花』

文学賞の最高峰と言っても過言ではない芥川賞を、芸人が初めて獲得した! 第153回芥川龍之介賞に輝く又吉直樹の「火花」は発売当初から破格の話題を呼び起こし、瞬く間にベストセラーに。お笑いコンビ、ピースとして活躍しながら、無類の読書家として知られ、そのインテリジェンスにも注目が集まっていた又吉は一躍時代の寵児となった。
天才的な先輩芸人と衝撃的に出逢い、「弟子」となった若き漫才師。二人の10年に及ぶ交流が、青春の光と影を、儚く、そして濃密に映し出す小説は、映像界からも熱いラブコールが送られた。まず、Netf lixで連続ドラマ化され、それから満を持しての映画化。漫才師だからこそ執筆できた本作の世界観を、映画という限られた時間の中に封じ込めることができる監督は誰か。既に『板尾創路の脱獄王』『月光ノ仮面』とオリジナリティあふれる監督作を放っている板尾創路に白羽の矢が立った。又吉にとっても大先輩である板尾は、芸人の世界を知り尽くしている男。これ以上の適任者はいなかった。板尾は次のように狙いを語っている。「芸人の話ということは自分の話でもある。ただ(同じ芸人でも)又吉君の世代とは若干違うかもしれない。でも、そのふたつを合わせたら、面白くなるんじゃないかと思った」。それはつまり、若い世代と上の世代の感覚が交わることで、映画ならではの普遍性が生まれるということ。さらにこう続ける。「漫才師と俳優がコラボする。それで初めて映画としての『火花』ができる」。キャスティングのポイントはまさにコラボだ。いまをときめく菅田将暉と桐谷健太が徳永と神谷を演じ、それぞれの漫才の相方に2丁拳銃の現役漫才師、川谷修士と元芸人である演技派、三浦誠己が扮する。脚本には、板尾を常連俳優として起用している豊田利晃監督という盟友が加わり、映画『火花』は最高の布陣でスタートした。

3月12日、映画は、原作でも重要な舞台として描かれる熱海でクランクインした。主人公、徳永が神谷の漫才を初めて目撃し、魅せられる場面。夏祭りの設定のため、熱海銀座はお祭り仕様に飾り付けられ、通りには本物の夜店が居並ぶ。実際にジュウジュウ調理されているソース焼きそばのいい匂いが、現実の季節をいとも簡単に乗り越え、フィクションの夏へと誘い込む。夏の服装をして来てくれている約300人のエキストラに、映画の作り手が挨拶。桐谷健太が、いきなり某CMでおなじみのヒットソングを歌い出す。そのCMで桐谷と共演している菅田将暉も、マイクを受けとるとやはりその歌。さらには最後を〆る板尾創路監督までもが熱唱(笑)。既に息もぴったりのトリオの姿がそこにあった。この日は、二組の漫才コンビ「スパークス」「あほんだら」のお披露目でもあった。両コンビとも徹底的に練習を積んでいるだけに、リアリティがハンパない。1993年に芸人デビューした川谷修士と、1993年生まれの菅田が、きちんとコンビに見えてしまうこの不思議。「漫才師を演じるということは、ピアニストやスポーツ選手を演じることとはまるで違う。あと、修士さんに敬語を使わないように、二人で6時間飲んだこともあります(笑)」と菅田。一方、川谷は「(まだ売れないコンビの設定なので)あえて漫才を下手にやるという難しい調節をしてます。板尾さんに声をかけてもらっただけでも舞い上がって緊張してます。この緊張はきっと撮影最後まで続くでしょう。でも緊張感があったほうが若手に見えるはず」と逆境を前向きに捉えていることを吐露。二人の妙演が、まだ弾けるに至っていない漫才コンビとして「スパークス」を舞台に立たせていた。
そして、「地獄! 地獄! 地獄!」と、ガラの悪いヤンキー観客たちを蹴散らす迫力の漫才を見せつけた「あほんだら」。徳永が神谷のカリスマ性に一目惚れする重要なシーンだ。三浦誠己は「神谷にピッタリの野性味。惚れてしまいますね」と、相方らしい愛を感じさせるコメントを残し、桐谷も「(三浦とは)信頼感がハンパないので。板尾さんが笑ってくれるとめっちゃ嬉しい」とポジティヴな手応えを披露。絶好のスタートを切った。

3月19日、ヒロイン、真樹役の木村文乃が撮影初日を迎えた。
真樹は、神谷の同棲相手。この日は、横浜市某所にある本物のアパートの一室で、徳永が初めて神谷に連れられて神谷の部屋を訪れるシーンを撮影した。板尾監督の希望で人生で初めて金髪にしたという木村。「自分でもまだ見慣れない」と笑うが、意外なほどぴったりで、とてもキュートだ。この日の見どころは真樹の変顔。徳永が驚くほど唐突に始まる真樹の変顔は、映画の中でも、甘くせつない想い出として印象に残る名場面だが、木村はかなり強烈な変顔を躊躇なく、しかもごくごく自然に幾つも繰り出し、これまた、これまでになかった可愛らしさを見せる。「監督は、原作にある寄り目より、ほっぺたをふくらます変顔のほうが好きみたいですね」とは木村の余裕の弁。真樹は、神谷にとってはもちろん、徳永にとっても、ある種「救い」となる存在だが、木村は監督から事前に「真樹は女神ではない」と告げられたと言う。「芸人と一緒にいられる人間は、普通とはちょっと違う。その人たちには女神に見えても、傷や闇をどこか抱えてるほうがいい、と言われたんです」と木村は語る。海のような優しさを感じさせる一方、それが永遠ではないとどこか匂わせもするこのヒロイン。変顔をしたあとの笑みが絶妙だったが、木村の芝居は、真樹を立体的に浮かび上がらせていた。

3月31日、新宿の某ライブハウスで、新春漫才コンテストの場面が撮影された。「スパークス」「あほんだら」共に漫才を披露したが、特に「あほんだら」は俗に言う「ネタおろし」、つまり新しいネタを初めて客前で披露するという「実際の芸人にとっても難しいこと」(板尾監督)に挑戦。しかも、相当アバンギャルドなネタをふたつ。エキストラは一般の方だが、熱気はまさにお笑いライブのそれ。笑いが自然に起きる様は、両コンビがいかにプロの漫才師然としているかの証明でもあった。「スパークス」の二人は、熱海ロケのときよりは、こなれた漫才になっており、劇中の月日と成長を感じさせる。10年の歳月が背景となる物語のため、「スパークス」に関しては舞台上の芸の進化も見どころのひとつだ。この日、はっきりと体感できたのは、「スパークス」は「スパークス」ならではの笑いを、「あほんだら」は「あほんだら」ならではの笑いを目指し、実践し、かたちにしているという事実。つまり、菅田&川谷コンビも、桐谷&三浦コンビも、漠然と漫才らしきことをしているのではなく、それぞれ唯一無二のコンビとしてのオリジナリティを堂々と見せつけていた。テイクを重ねるごとに、漫才の細部にアドリブと改変が加わって、どんどん良くなっていったことも特筆すべき点。現在進行形で切磋琢磨している様子はダイナミックで、生の芸人が「生きている」感触があった。
この日は又吉直樹が陣中見舞いに駆けつけた。「板尾さんは、僕にとって子供の頃からのスター。主演のお二人は、僕がもともとすごく好きな人。(川谷)修士さんも三浦(誠己)さんも大先輩ですから。この人たちが僕の原作にかかわってくれるのがすごく嬉しいんですよ」と屈託なく語る又吉。そして「板尾さんは、僕が小説に込めた意図を最初から汲んでくれていた」と全幅の信頼を寄せる。
この日、舞台の漫才をじっと見つめていた板尾監督は、あるとき、力強く頷いた。笑わずに、真顔で。それは、芸人として、監督として、自身が仕組んだコラボに、はっきり確信を持った瞬間だったに違いない。

4月9日、神保町花月で、「スパークス」の解散ライブがおこなわれた。
他の漫才シーンはしっかり練習を重ねて臨んでいるが、この日の漫才は、菅田と川谷はあえて当日ステージで合わせるというスタイル。
客席にはエキストラが120名。長いネタだが、板尾監督はカット割りをせずに、一気に本番撮影した。 徳永が、山下への積年の想いを込めて「逆のことを言う」漫才。菅田の熱量、それを受けとめる川谷。二人の迫真の漫才に、客席からは、あたかも本物の漫才コンビの解散に立ち会ったかのようなすすり泣きが漏れる。
菅田は「お芝居なんだけど、どこかドキュメント。徳永なんだけど、どこか菅田将暉。気温も、年齢も、時間軸も。よくわからなくなっていました。ただ、確実に生きている。そんな感じがしました」と振り返る。「漫才って、一人ではできないんです。相方とお客さんがいないとできない。それを実感しました。恋人でもなければ、夫婦でもない。友だちでもない。でも、それが相方なんです」と菅田は漫才の極意にふれる。菅田将暉という俳優が、川谷修士という漫才師とコラボし、漫才と、劇場と、観客と一体化した奇跡的な瞬間。菅田は後にこう話した。「あの日、板尾さんは『芸人を代表するつもりでやってくれ』と言ってくれたんです。おかげで、思いっきりできました」。 客席には、なぜか神谷のジャケットを羽織った板尾監督の姿が。監督としてではなく、一観客として、「スパークス」の解散ライブの模様を、愛情たっぷりに見守っていた。

4月17日、東京都郊外の某公園。原作の中でも印象的な「太鼓のお兄さん」に、徳永と神谷が出くわす大切な場面。ところが、あいにくの雨予報。現場はテキパキと進むが、どんどん雲が重くなっていく。
艶やかに発光する太鼓を手にリズムをとる「太鼓のお兄さん」。その音に合わせて、奇妙なポーズを徐々にダンスに変化させていく桐谷。即興の動きに、神谷ならではの吸引力が宿っている。まだテスト段階だが、徳永ならずとも、ぐいっと吸引されるエモーション。すると小雨がぱらつき始めた。
急がねば。一発勝負の本番。テスト以上に、ダイナミックな歌とダンスを見せる桐谷。文句なし! 監督の「OK!」が出たその瞬間、いきなり大雨が降り始めた。それは、『火花』撮影の最終盤に、ついに姿を見せた「映画の神様」だったのかもしれない。そう、「神様」はこの作品のことをずっと守ってくれていたのである。
菅田は桐谷の演技についてこう語る。「桐谷さんのやった神谷って、万人には伝わらないカッコよさなんですよね。全員に伝わるものではないものに挑戦している。俳優の後輩として、僕にはその姿がカッコよく映る。桐谷さんしかできない神谷がいるのだから、自分にしかできない徳永にならなければいけない。そう思えたんです」。
菅田にしかできない徳永と、桐谷にしかできない神谷。その融合こそが映画『火花』を生んでいるのだ。
桐谷は神谷という難役について、後にこう読み解いている。「すごく真っ直ぐで貪欲。きっと悩んだり葛藤することもあるけど、次の日になったら、カラッと忘れてる。そういう役に勝手になっていったら、と思っていました。産みの苦しみはありましたね。それは神谷が神谷を貫き通す彼自身の苦しさがあったからかもしれません。(撮影中は)めっちゃ楽しくて、めっちゃ苦しかった。でも、全部ひっくるめて幸せでした。人生というものを、ひと回り好きになれた気がします。将暉も関西人で、オレも関西人で。それがすごく気持ちよかったし、会話の波長がそのまま、神谷と徳永になれる。どこか似てるのかな。お互いに無理しないで、ボケとツッコミになれたんです」。

4月19日、原作にも登場する井の頭公園で、クランクアップを迎えた。映画を祝福するような晴天。公園を歩く徳永と神谷のシーンなどが撮影された。菅田、桐谷、木村がアップ。数日前に出番を終えていた川谷もサプライズで顔を出した。笑顔、笑顔、笑顔。とりわけ記憶に残るのは、板尾監督の次の発言だ。
「二人が芸人に見える瞬間があった。役者が芸人を演じたというより、役者が芸人になった。そこには嘘が全然なかった。お芝居でやりました、演出で作り上げました、そういうことではなかった」。
これこそが監督が目論み、目指していたコラボの到達点だった。
8月19日、菅田と桐谷は主題歌である「浅草キッド」をレコーディング。ビートたけしの名曲のカバーだ。歌手活動もしている二人だが、その歌声には、菅田と桐谷というより、徳永と神谷の魂が宿っていた。歌で始まり、歌で終わる。クランクインの日、同じ歌を歌ってスタートした菅田と桐谷の絆は、こうして大団円を迎えた。